連作短編2

 

(8)

 「パソコンも、されてるんですね」
 スイが奥へ引っ込むと、理子は改めて幸枝に向き直った。コーヒーは理子好みの淹れ方で、これならばレアチーズも相当に期待が持てるだろう。
「ええ。一応自分のお小遣いの範囲だけれど、色々とやらせて貰ってるわ」
 気楽な主婦だと思うでしょ、と付け加えた幸枝に、さすがに同意は出来なかった。しかし、はっきりとした否定を返さなかった事で、大体の見当は付くだろう。困った性分とは思いながら、見え透いた台詞を言うのはあまり好まないのだ。
「他には、何を?」
「えっとね、社交ダンスと、お料理をたまーに。これは、お友達に習っているんだけど」
 幸枝の言葉に頷きながら、ケーキを口に運ぶ。これは、確かに素晴らしい味だ。口の中で解けていく際に、チーズのまろやかな香りが口一杯に広がる。上に載ったミントの葉と相俟って、実に女性向な、優しい味に仕上がっている。恐らくあのスイという女性の人柄そのままなのだろう。
「あとね、ゴルフは主人と一緒に行くのよ。これはね、主人の奢りなの。打ちっぱなしもね」
 何気なくそう言って、幸枝も一瞬、何かに気付いたかのように動きを止めた。
 この反応を、理子はどこかで見た事があると思った。
 そう、先日、”ドナウ亭”で大谷が見せた反応とひどく似通っていた。
 ”何故”という思いが頭に浮かんだが、誤魔化すようにカフェオレを口にする幸枝に、聞くべきことでは無いだろうと判断した。
「……理子さんは、ゴルフはされる?」
 さりげなさを装った、幸枝の声がする。その意図が掴めぬまま、理子は首を縦に振った。
「はい。たまに、ですけれど。最近は、さっぱり。そういう訳で社の大会は不参加ですから、練習にも行ってません」
「そう」
 素直に告げれば、幸枝が僅かに力を抜いた。どこかホッとしたように見えるその肩を見ながら、理子は言いようの無い違和感を感じていた。


 タケシに、新しい女が出来たらしい。
 確信はいつも、突然やってくる。
 最近、妙に金回りが良いと思っていた。本人に問いただしても、「パチンコで買った」「競馬で儲けた」などと言うばかりで、それがとても本当の事とは信じられなかった。
 土曜日に理子がフラワーアレンジメントに出掛ける際も、実に快く送り出してくれる。以前は金の出所を離すまいと、休日の度に、理子をあちこちへ連れ回した。と言っても、いつも金を出すのは理子のほうで、休日の度に万札が何枚も飛んでいく自分の財布に溜息を吐いたものだったのに。
 そして夜、も。最近は違っていた。
 以前何かの雑誌で読んだ事がある。「男の浮気を見分けるポイント」。それは、”全く夜の夫婦関係が無かったにも関わらず、突然求めるようになる”という項目。男性にも多少の後ろめたさがあり、外で浮気をしてきた時ほど、家に戻ってきて妻に優しくなるのだという。
 ……タケシは、なんと解りやすい男なのだろうか。
 それでもタケシを拒めない自分が、一番情けないのだろう。
「ブーケトス用は、少し小さめにしましょう」
 浅倉が、見本を一つ持ってきてくれた。見た目の澄ました感じとは違い、浅倉の作るブーケは豪華で派手だ。白のスーツに隠された実際の浅倉は、案外奔放な女性なのかもしれないと、理子は想像する。
「投げる時に、花が落ってしまったりしませんか?」
「そうなったら格好悪いですから、しっかり練習して、丈夫なブーケを作ってあげてくださいね」
 ”格好悪い”という単語を言う際に、浅倉の目が、微妙に意地の悪い輝きを放つ。やはり底の知れない女性なのだろうと、浅倉の綺麗にカールされた栗色の髪を見つめる。
 こんな女性がタケシの浮気相手だったら、相当に自分は落胆するだろう。せめて自分が納得出来る位、イイ女と関係して欲しいものだと考えて、そんな自分にまたひとつ溜息を吐いた。
 花に触れるようになってから、随分と生活が明るくなって来たというのに。
 逆戻りしてしまったかのようなこの頃に、理子は内心鬱々したものを感じていた。そしてそれが爆発するのは、もう間近だったのだ。


 

        

 

 

[12年 06月 18日]

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