「まあそれは良いんだが、なんでも家内の通っている先で、結婚式のブーケを作った女性がいるらしいんだよ」 「ご自分でですか?」 「ああ。最近は”手作りの結婚式”なんかも流行っているだろう? それのひとつとして、ブーケまで己の好みでと考えたらしいんだ。まあ、それならウェディングドレスのイメージとも合わせられるし、ブーケトスも、一層盛り上がるらしい」 ”手作りの結婚式”に関しては、数ヶ月前に『週間マイタウン』でも特集を組んだ。もちろんその担当は理子で、あちこちのウェディングプランナーと会い、様々な式の形を提案してもらった。しかしその際にブーケの事にまで思い至らなかったのは、ライターとして失格だ。 あの記事は、もっと工夫が出来る筈だったに……と職業病のような反省が出そうになったが、それは明日に持ち越すとして、今は大谷の提案を考えてみる。 「なるほど。私が、彼女の”ブーケ”を手作りしてあげる事も出来るんですね」 身を乗り出すように言えば、サバの身を綺麗にほぐしていた大谷が手を止めて頷いた。 「君さえその気なら、家内に話をしておくよ」 「そうですね」 暫し考え込んだ理子は、大谷の申し出に頷くことにした。何より他に良い案が浮かばなかった事もあるが、友人の菜摘に似合う花を考えるのは、案外楽しそうだと思ったからだ。 「宜しくお願いします」 「ん。教室は確か、駅の近くにあるビルに入っていた筈だよ。曜日等も、詳しく聞いてくるから」 ふたたび頭を下げようとした時、ぶるぶるっと、椅子に置いた携帯が音を立てる。 慌ててみれば、タケシからの着信だ。大谷の手前出るのも憚られたが、「スミマセン」とひとつ言い置いて、理子は携帯を握ったまま、店の外へ出た。 「はい?」 『理ー子ー。おねがいー』 迎えを頼む時だけは甘い声が出るものだ。 そう思いながらも、この瞬間しか味わえない優位を存分に楽しむ。と言っても、それは大して長い時間では無い。 「いつもの場所?」 『うん。そう。待ってるよ〜』 「待ってて。10分くらいで行くから」 『了解』 ぶつっと、電話は切れた。これから急いで行ったとして、果たしてタケシが素直に店から出てくるかは解らない。悪友達に呑みなおそうと持ちかけられれば、理子が迎えに行った事など忘れて、店を替えてしまうタケシなのだから。 だから一層、理子の動きは早くなる。 急いで店の中に取って返し、ちょうど食事が終ったらしい大谷に、腰を折り曲げてみせる。 「申し訳ありません。所要で、帰らなくてはいけなくなりました」 携帯を取った際の勢いから、なんとなく推測はついていたのだろう。大谷は構わないと手を振ると、「気をつけてな」と案じるような声を掛けた。 半ばうわの空で言葉を返し、社への道をひた走る。最近は、踵の高い靴を履いた事が無い。どんどん馬鹿な女になっている自分に気付きながら、手を離せない己の愚かしさを確認するのも怖い。 向かいから歩いてくる二人連れの男女が、互いの指をしっかりと絡めていたのだけが、何故だか視界にはっきりと映った。
[12年 05月 18日]