(3)

「行くの? 栞」
「うん。どして?」
「『あんな、くだらないのは映画じゃ無い』って言ってなかったっけ?」
「細かい事は気にしないの。いいじゃない。西原先輩、ユイと一緒に行きたそうだったし? 人助けよ、人助け」
 「どこが!」とユイは叫びたくなる。仮にあれがデートの誘いだったとしても、それならばもう少し優越感をくすぐられる誘い方をされたいのだ。
  緊張でドキドキになった西原が恐る恐るユイを誘う。それにユイがちょっとためらって、西原はうなだれ、それでもなんとかユイと出掛けたい一心であれやこれやと手を尽くす。ユイはそれを面白がって眺めながら、最後は「仕方ない」といった風に許しを出す。もちろん西原は飛び上がって喜ばなければならない。
「余計なお世話だった?」
「別に!」
 頬杖をついて上目遣いに見上げる栞の目は、笑っている。それを横目で捉えながら、ユイは新しいおせんべいに手を伸ばした。



 映画の当日は、春というには少し肌寒い日だった。
 駅に集まった面々は見事に全員ジーンズとトレーナーという出で立ちで、ユイと栞がいかに西原達を「男」としてみていないかを顕著に表すものだった。
 それでも、出掛けにユイと栞は揉めたのである。……服装について。
『ユイ、ホントにその格好で行くの?』
 一緒に駅まで行こうと誘った栞が、ユイの部屋の玄関で溜め息をついていた。ちなみに、約束の時間よりも十分遅れている。この辺りも毎度の事なので気にもしないが、さぞや栞の「先生」は苦労していることだろう。
 え? と振り返れば『ああ、もうこれだから……』と首を横に振っている。
『なによ、栞。おかしい?』
『いや、おかしくは無いよ? おかしくは』
 イマイチ歯切れの悪い栞の様子に、ユイは内心でカチンと来る。
 言いたい事があれば、はっきり言えばいいのだ。第一、こんな時間ギリギリまで待たせておいて、開口一番その台詞は無いだろうに。
『おかしく無いけど、なに?』
 ユイの言葉に含まれた棘に気付いたのだろう。
 栞が幾分は申し訳無さそうにしながらも、言葉を紡ぐ。
『あのさ、せっかくなんだからさ、ちょっと可愛い格好してみようとは思わない?』
 ユイは驚いた。
 今までだって、西原とどこかに行く時にお洒落した記憶など無い。今日だってその流れで、まったくいつも通り。服を選ぶのにかけた時間だって、五分程度のものだろう。
『可愛い格好って、スカートとか?』
『うん。ちょっと春っぽいカーディガンとか。可愛い色の』
『そんなー誰のために?』
 解ってはいたが、敢えて聞いてみる。
 栞は案の定、イタズラっぽい目つきになった。
『解ってるでしょ? 先輩よ』
『どっちも、先輩でしょ』
 確かに、今日一緒に行くのは、西原も小久保も先輩だ。ユイはその名前が栞の口から出ることが、堪らなくしゃくに触った。
『あのねえ、西原先輩に決まってるでしょ』
 その名前が口から出た瞬間、ユイは栞を軽く睨みつけていた。冗談でもそんな事言って欲しくは無かった。どうして自分が、好きでも無い西原のためにサービスしなければならないのだろう。
 向こうが勝手に好きになったのに、こちらから西原に媚びるような真似はしたくない。
 結局栞の言うことには頷かず、仏頂面のまま、ユイは駅までやってきた。
 大人げ無くて結構。
 二十一はまだ、大人じゃ無い。

「えっと、じゃあ、行こうか」
 ユイと栞の間に流れる、冷たい空気に気付いたらしい。背の高い小久保が、背中を丸めるようにしてユイ達を覗き込む。
 サッカー部などというメジャーなクラブに所属している割に、この小久保という男の先輩は腰が低い。というよりも、「近代文学」ゼミに所属する男は皆、根性が無いとユイは常々感じている。
 あまりにも強烈な担当教官のせいで、気性の激しい男性ではやっていけないという、噂のゼミでもあった。
 黙って立っていれば、小久保は相当に美男子なのだ。その辺は西原とは対照的だ。腰の低さも、細やかな気遣いが出来るタイプ≠ネのだと思えば、大いにプラスに働くだろう。
「……」
「……」
 無言のユイと栞。
 残った二人が、困ったように顔を見合わせている。それでも取り敢えずは切符を買い、改札をくぐった。
西原と小久保は、さぞ一駅が遠く感じられた事だろう。空席が目立つ車内というのに、ユイと栞は乗降口のそれぞれ反対側に立ち、流れる景色を見つめている。ふたりの男性は所在無げに、真ん中のつり革に掴まっては、ブラブラと揺られていた。
 


 

 

[09年 09月 24日]

inserted by FC2 system