(5)

 いくら自分達で選んだ結末とは言え、ふとした機会に心が沈むことも多いのだろう。そこは人間だ。仕方がないと思う。
「お酒の用意、してくるね。おつまみ、たいしたものないけど」
「あ、ごめんね」
 和室に通じるふすまを閉めて、ユイと向き合った。
 両親が送ってくれたという酒は甘口で、なるほど女性向だ。
 普段ユイがひとりで酒を飲むことはほとんどないという。彼氏である西原も確か下戸だから、この部屋にあってもあまり重宝がられないのかもしれない。
「うん。美味しい」
「うーん。そう? アタシには、やっぱりよく解んないよ」
 舌で転がす奈々子とは対照的に、ユイは少し口をつけただけだ。慌てて他のコップにコーラを注いでいる所をみると、彼女の口には合わなかったらしい。ごくん、と飲み込むと落ち着いたかのように吐息を洩らす。
「栞ね」
「うん」
「先生の所に、戻るんだって」
「……へえ」
 全く予想外の事とは、言えなかった。
 奈々子も度々電話で相談に乗っていたが、やはり栞は、誰かの庇護の元にいなければ生きていけないタイプなのだろう。全面的に賛成は出来ないが、反対するほどの理由もない。
「もう、びっくりだよ。男と女ってのは、解んないね〜」
「ほんと」
 ポテトチップスをつまみながら、ユイがテレビをつける。丁度深夜番組のお笑いをやっていて、ユイが「アタシ、この人達好き」と指をさした。
 暫く互いに無言で番組を眺めていたが、ふとユイが呟く。
「あのさ、ヒメ。さっきの話なんだけど……」
「なあに?」
 視線は画面に向けたまま、ユイは頬杖をつく。暫くの沈黙の後、囁くような言葉が届けられた。
「小久保先輩のこと……嫌い?」
 これは意外な問いだった。
 先ほどの会話で、ユイが微妙な表情をしていたのはこのせいだったのか。格別小久保と親しかった風も無いが……いや、ユイの恋人である西原と小久保は、親友と言っても良い。
「どうして?」
「ん〜、いや、小久保先輩、そんなに悪い人じゃないと思うんだけど」
「そうね」
 それは、知っている。多少気の弱い所もあるけれど、小久保は特別人を不快にさせる訳でもないし、攻撃的な男性でもない。奈々子の知る限り、小久保は「穏やかな」男性のひとりである。しかし、それ以上でもない。
「付き合ってみようか、とかいう気持ちはない?」
「だって……それは、私だけの問題じゃないもの。先輩の気持ちだってあるでしょう」
 当然の答えを返せば、ユイは、驚いたように「え?」と口を開けた。
「気付いてないの? ホントに?」
「何に?」
 酒をもう一口含むと、奈々子のグラスは空になった。それを見届けて、ユイが酒瓶を傾ける。ふむ、と唸って奈々子の瞳を見つめて来た。
「小久保先輩、ヒメのこと好きなんだと思うけど?」
「……」
 知らず、困惑の表情が出た。
 羞恥とは違うそれに気付いたのか、ユイの眉が疑問を乗せて寄せられる。僅かに奈々子を見つめ、軽く頷いた。
「満更気付いてないって訳でも、ないんだ」
 返事も曖昧に、視線を逸らす。テレビからは、けたたましい笑い声が聞こえてくる。
「ユイちゃん」
「だから、小久保先輩のこと、少し避けてるんだね」
 自分で意識しているのではない。昔からの習慣。
 奈々子は好意を寄せられるのが、苦手だ。かすかにでもそう言ったものを感じると、途端にバリアを張ってしまう。無意識の防御。堅い壁の存在。
「……わざとじゃ、ないんだよ」
「ヒメ」
「でも私ね、男の人って……苦手なんだ」
 つらつらと言葉が繋がる。酔っているのではないが、誰かに話したい気分だった。
「あのね、家にお父さんがいないってのは知ってるでしょ?」
 


 

 

[09年 12月 05日]

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