(4)

 こうなると、通常の毒舌を上回る辛辣ぶりで、今もまったく心の内を隠していない。栞にまともな意識があったら、泣き出しているだろう。
「……奈々子、何か歌う?」
「うーん。この雰囲気じゃあ、難しいよね」
「アタシ、アニソンでも歌おうかなあ」
 栞と亜佐美は、力尽きたようにチューハイとビールばかりを開けている。それまでは、まるで自分を痛めつけるかのように、失恋ソングばかりを歌い続けていた。恐らくこの数日、そんな曲ばかりを聴き続けていたのだろう。
 リモコンを取り上げてナンバーを打ち込んでいたユイが、ふたりを見つめる。
「たまには、元気な曲も入れなくっちゃ」
 しかしそのイントロが流れ出した時、栞がもの凄い勢いで振り返る。その目が充血しているのが、少し怖い。
「ユイ……」
「な、なに?」
 栞の剣幕に、ユイも後ずさる。栞の目の中にあるのは、明らかな「怒り」だ。
「この曲は、やめて」
 それは、有名なロボットアニメのオープニングだった。
 ノリの良いこの曲は、ヒットチャートでも上位にランキングしていた。アニメファン以外にも、よく知られているだろう。
 しかし栞の酒を含んだ目は、据わっている。既にイントロは終わっているが、ユイも歌いだすタイミングを掴めずに居る。
「嫌、嫌なのよ―!」
 耳を塞ぐように叫びだした栞を見て、ユイが慌てて曲を停止する。叫ぶ栞を見つめて、それでも興味なさそうにぼんやりする亜佐美。恐らく自分の限界を超えてしまったのだろう。
 そんなふたりの様子を交互に見遣って、ユイと奈々子は目を見合わせる。奈々子が首を傾げて見せると、ユイは「仕方ない」と長い息を吐き出した。
「帰ろっか」
「そうだね」
 ふたりを促して、カラオケを後にする。
 支払いは、ユイが済ませた。当然割り勘にしなければならないが、酒の匂いを振りまくふたりは、そんなことまで気付かない。後で請求することにして、一番近場にあるユイの部屋を目指した。
「とりあえず、帰ったら布団に放っておこう」
「ユイちゃん家は、お客様用の布団もあるんだよね」
「うん。こういう時は、便利だよ」
 実家が裕福なユイは、学生にしては珍しく、ワンルームではない。二間続きの部屋に住んでいて、しかも片方は和室だ。両親が遊びに来たときの為に、広い部屋を借りたのだという。
 誰かと騒ぐのが好きなユイは、こうしたゼミの集まりにも部屋を提供することが多い。だからと言って、部屋が特別片付いているだとか綺麗だとかいう日は、多くないのだが。
 さすがに西原と付き合いだしてからは、周りも遠慮をして、その回数も少なくなった。
「ヒメ、飲み足りないでしょ?」
「そんなことないよ」
 確かに酒が強かったが、それほど好きだという訳でもない。「あんたは、やっぱりお父さんの子ね……」と以前母がこぼしていたが、呑んでも呑んでも酔うことが無いそれは、つまらなくもある。
「実家から、美味しいっていうお酒を送ってきたんだ。奈々子のためだって。ウチの親も、美人に弱いよね」
 幾度か遊びに来たユイの両親は、寒い地方の人間らしい、実直で堅い雰囲気を持っていた。
 せっかくだからと、今日のメンバー全員と鍋を囲んだのだが、その時に奈々子の酒豪振りが話題になった。その時のことを覚えていてくれたのだろう。ユイの故郷は、酒どころでも有名だ。
「冷酒に最適だって、コップまで送ってきたのよ。なんて言うの? すっごい綺麗な青いコップ」
「ああ。”切子(きりこ)”でしょう?」
「たぶん」
 この辺り、ユイの両親は娘に甘い。
 片親で育ち、それなりの苦労も知っている奈々子にとっては驚くべきことだ。
 引きずるように連れてきた栞と奈々子を部屋に入れると、客用の布団を用意する。その上にやっと寝かせると、ふたりは気持ちよさそうな寝息を立て始めた。顔を見合わせて苦笑する。
「のん気なんだから。アタシ、肩が痛いよ」
「でも、気持ちよさそうに寝てる」
「……うん」
 最近の栞と亜佐美は、暗い表情をしていることが多かった。
 


 

 

[09年 12月 04日]

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