(7)

 何がやばい≠ニいうのだろうか。そもそも自分たちは付き合っているのだから、時間云々を気にするほうがおかしいでは無いか。それでも、自分から「泊まっていってくれ」というのは、躊躇われた。ユイだって、プライドがある。
「え。帰るんですか?」
「うん。ごめんね。実は明日、やっぱりバイトに入ってくれって急に頼まれちゃってさ。明日は遅くまで仕事なんだ」
 初耳だ。
 だったら、最初から言ってくれれば良かったのに。
 DVDを取り出してディスクを綺麗に拭いている西原の後姿を見ながら、寂しい気持ちが沸いて来た。ひとりで期待して。どきどきして。そんな自分が馬鹿みたいに思えた。そして、滑稽だった。
 こんな時、素直に甘えられる女だったら、話はもっと簡単だったのだろうか。「帰らないで下さい」と抱きついて、潤んだ瞳で見上げて。
 それとももっと色気があって、西原が何があっても帰りたくないと思わせるような女でなかったのが悪いのだろうか。
「そうですか。じゃあ、また明後日」
「うん。また、明後日ね。夜になんか作りに来るから、何が食べたいか考えておいて」
 それとももっと、ユイが家庭的な女だったら良かったのだろうか。もう、何がなんだか解らない。
 ユイは、次第にこの恋人ごっこ≠ノ飽きてきてしまった。尤も、西原の外見が自分好みで無かったことが一番影響しているのだろうと、いやに冷静な目で自分を判断する。
 見回せば、西原より背も高く、お洒落で格好良い男の子がたくさんいる。
 それを思う度にユイは、早まったのかも、と心の中で問い直すのだ。


「ユイちゃん……どうしたの?」
 夕食時のファミレスは、家族連れや恋人同士で賑わっている。
 盛り上がっているテーブルでは、ユイ達と同い歳くらいの男女が、親密そうに頬を寄せ合っている。実に楽しそうに語り合う二人の距離は、近い。時々漏れ聞こえてくる忍び笑いや、女の子のドキっとするよう息遣いが、彼らが既に「他人ではない」事を、あからさまに示していた。
 そう言えば、聞いたことがある。
 親密な男女は、向かい合わせで座らない。
 L字型に座るのは、テーブルの下で手を繋げるからだという。ちょっと秘密めいていて、羨ましい。ユイと西原は、当然互いの顔が見える真向かいに座っている。
 ユイは西原を正面から見据えると、自分が飲んでいたコーラをとん、とテーブルに置いた。
「先輩……私のこと、どう思ってます?」
 直球勝負は、ユイの得意とする所だ。もともと駆け引きなんて面倒だし、それを駆使するほどのテクニックや経験がある訳では無い。
「ええと……好き、だけど?」
 「好き」の言葉が小さくなったのは、もちろん場所柄もあるだろう。けれど、その向こうに西原の自信の無さが伺えて、ユイはまたもや不機嫌になる。
「じゃあ、アタシの、どこが好きですか? 教えてください」
 半分喧嘩越しで問えば、途端に西原が気まずそうに下を向いた。
 照れ屋なのは悪いことでは無いと思うけれど、なんともじれったい。仮にも自分が恋人だというのなら、褒め称えるなり、すれば良いのだ。褒められて悪い気のする女の子など、絶対に存在しないのだから。
 西原は暫く下を向いてうんうん唸っていたが、やがて意を決したように口を開いた。相変わらず、下を向いたままだったけれど。
「一緒にいて、楽な所、かな」
「……他には?」
「色々と決めてくれる所。ほら、俺って優柔不断だからさ、ユイちゃんがあっちこっちって決めてくれると、ホントありがたいんだ」
「それと?」
「ええ? それと?」
 西原は、今度こそ考え込んでしまった。
 ユイの怒りが頂点に達する。
 


 

 

[09年 10月 6日]

inserted by FC2 system