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「顔のいい男が好きなの」それが彼女の口癖だった。

 どうせ人生一度きり。せっかく女に生まれて来たのだから、こだわるべき所は拘って何が悪いのだろうという思いが常にあったし、選ぶのはこちらだという、些か傲慢ともとれるような姿勢が彼女にはあった。
 それでも彼女が自ら付き合いたいと願うような男性に選ばれる機会は、ほとんどと言って無かった。何故かと言えば、ユイのお眼鏡に適う位の男性は、大抵の場合において綺麗で華奢な感じの女の子が傍らに寄り添っているのだ。
 そのような二人が、大学のキャンパス内で腕を組んで歩いているのを見ると、彼女は歯軋りしたくなる。どうして、あんな子が彼と歩いているのかしら≠サう思うとき彼女は、出会いの順番を間違えてしまった、彼の不運を嘆くのだ。
彼も可哀想。あの子より私のほうに先に出会っていたら、彼はきっと私を選んだだろうに≠ニ。

 彼女の背は、高くない。でもそれは、男の子達が実は心の中で望んでいる「ちっちゃくて守ってあげたいような女の子」のカテゴリーに入っているので、良しとする事にしている。たとえロングコートやロングスカートが履けず、ヒールの高い靴を履いてさえ電車のつり革につかまるのがやっとであっても。
 彼女は、細くない。でもそれも男の子達が(以下同)「抱きしめた時に、柔らかくて安心する感じ」に属するものだから、毎晩寝る前に欠かせないアイスクリーム2個の習慣だって、やめるつもりは無い。お腹周りは決して細いとは言えないけれど、この胸のボリュームだって大したものだから、問題ではないのだ。
 自分で触ったって、二の腕の辺りはぷにぷにして気持ちが良い、と思う。だから、男の子だってこの感触を絶対に気に入る筈だ。……残念ながら、誰にもまだ抱きしめられたことはないけれど。
 彼女の顔は……これは自分では判断出来ない、と思っている(謙遜含む)。でも、夜お風呂に入った後、自分の顔を三十分じーっと見つめていると、やっぱりちょっと可愛いんじゃないかと思う。
 お肌は湯上りでつやつやだし、アップにした後れ毛も色っぽい。僅かに上向きの鼻が惜しいと言えば惜しいけれど、人間ひとつやふたつ欠点があるほうが可愛いだろう。完璧な女の子なんて、男の子だって引くに違いない。ほら、ちょっと天然が入っている女の子のほうが好まれる、というアレだ。
 自分自身が長いこと見ていても飽きないのだから、他の人から見たってイイ線いっているに違いないと、彼女は今日も手鏡の角度をあちこち変えては自分の顔を眺める。
 ……しかし残念ながら、二十一年生きてきて、父親以外の男性から「可愛い」と言われたことは無い。


 午後の漢文が休講になった空き時間、彼女はゼミ室に顔を出す。
 ユイの大学では、文学部の学生については、三年になると必ずどこかのゼミに所属せねばならない。そして担当教官の指導のもと、四年次に提出する卒論に向けて、徐々に準備を進めていくのだ。
 ここは彼女にとって、居心地の良い場所だ。同じ趣味・趣向を持つ友人達が何人かは常にたむろっている。
 高校からの彼氏と長い間付き合って、大学卒業と同時に結婚を約束している栞。違う学部の彼氏に二股をかけられて、実は自分のほうがキープだと認められない、プライドの高い亜佐美。すっごい美人なくせに相当の奥手で、意外なことに、男と付き合った経験が無い(やっぱりレベルの違う美人には男が寄ってこないものなのね、と皆密かに納得している)奈々子(通称ヒメ)。
 本当に、個性的なメンバーだと思う。みんなそれぞれキツイ、理論派、おっとりとそろっているのだから、この「近代文学」研究ゼミはみんな仲良しだ。
「お、いるじゃん、栞。またサボり?」
 扉を開けて嬉しそうな顔をすれば、ゼミ室常備のおせんべいを齧りながら漫画を読んでいた栞が、顔を上げた。
「あれ、ユイ。休講?」
「ん〜。まただよ。あのセンセイ、やる気あんのかね」
「年間三分の一休みだって? 楽じゃん」
「その代わり、山ほどレポートがあるんだよ」
 そう言って同じくおせんべいに手を伸ばす。今日はユイの好きな、砂糖を全面にまぶした「佐藤屋」が残っている。これは、ラッキーかもしれない。
「他の子は?」
 おせんべいをもぐもぐしながら、コーヒーを入れる。このコーヒーサーバーは教官持ち。豆は、みんなでお金を出し合って買っている。何事にも薀蓄のある亜佐美のお陰で、なんだか凄くおいしいコーヒーのような気がするけれど、食べるものに関して銘柄まで気にしないユイには何の豆かは解らない。そこまで拘るのなら、男の趣味にも拘れば良いのに≠ニ密かに思う。
 


 

 

[09年 09月 16日]

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