(5)

 出会いは、ひとつの掲示板。
 ロボットアニメのデータベースをコンテンツの中心に据えるそのサイトで、”ペッパーさん”はちょっとした有名人だった。
 ジャンルも広く、多岐に渡る知識。
 関係者しか知りえないような、裏話。
 そしてその穏やかなコメントと対応は、サイトに集う人間達から憧憬の対象として見られていた。
 サイト自体の管理人はまさしく「管理人」で、決して表に出ようとしないサイトであったから、実質サイトはハンドルネーム”ペッパー”を中心に回っていたと言ってよい。掲示板には彼宛の質問がいくつも書き込まれ、時には彼個人に対する、プライベートなものまであった。私設ファンクラブの会長を名乗る女性も現れたくらいだから、相当な人気だったのだろう。
 栞も、元々はそんな彼のファンの一人だった。しかしふとしたきっかけで二人だけの遣り取りが始まり、いつしか関係は熱っぽい言葉を伴うようになった。メールアドレスを交わして。携帯の番号を教え合い。直接電話の向こうから彼の声が聞こえてきた時は、まさしく天にも昇る気持ちだったのだ。

「あんなに、会いたかったのになあ……」
 ひとり残された部屋に、栞の呟きが響く。
 ”ペッパーさん”こと「林 優人」の部屋に同居するようになって、二週間が過ぎていた。きっと両親や友人達が探しているだろうとは思い、ユイ宛に”心配しないで”とメールを一本打ってバイブにしておいた。その後何回か着信が入ったが、栞は名前も見ずに放って置いた。名を見たら、懐かしさに帰りたくなってしまいそうだったからだ。この場所に逃げてきたからには、自分は別の人生を歩むのだと決めていた。
 捨ててきた婚約者については、努めて思い出さないようにしていた。
 ……それがたやすい事であったのは、栞に少なからず衝撃を与えたのだが。

 初めて会った次の日、ゲームセンター勤務から帰宅した優人は、物も言わずに栞を抱いた。
 疲れと不安に押しつぶされそうになっていた栞が、伸びてきた彼の細く長い手に巻かれ安堵にも似た気持ちを感じたのは、嘘ではない。たとえその行為が、彼のみが快楽を感じる一方的なものであっても。決して彼の口から愛に似た言葉が出ることが無かったとしても、あれほど憧れた男の腕に抱かれたという、その事実だけが栞を納得させていた。
 子供と言っても差し支えないほど細い栞の肢体を、優人は乱暴に扱った。短い髪をシーツに擦り付け泣くばかりの栞は、心にぽっかり穴が開いたような気持ちのままで。
 さびしい、行為だった。
 ひとつになる筈が、自分は所詮ひとりなのだと気付かされただけだった。
 その後、優人は昼も夕方もこんこんと眠り続け、結局夜になって起き出してきた。そしてあまり良く眠れなかった栞を伴うと、ふたりでコンビニまで歩いていき、おにぎりとペットボトルのお茶などを買った。コンドームも買い足した。
『栞ちゃん、しばらくウチにいるんでしょ?』
『いいの……?』
『構わないよ。まあ俺もあんま休み取れないから、どっかに連れて行ってもあげられないけど。好きにしてて』
『ありがと』
『リビング、栞ちゃんの部屋にしてくれて良いから』
 ――勝手に俺の部屋には、入らないで――
 口にせずとも、そう言われた気がした。
 コンビニの入り口で、優人が買ったアイスをふたりで食べながら。
 優人は「これ以上、互いの内側に踏み込まない」姿勢をはっきり示したのだろう。そして、さりげなく両者の間に、線を引いて見せたのだ。
 


 

 

[09年 11月 13日]

inserted by FC2 system